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宗教信仰

寺廟の起こり

清国統治時代、中国の漳州、泉州から大勢の移民が台湾へ渡ってきました。当時、台湾海峡の風波は荒く、移民たちは神像やお線香などをお守りとして携えてきました。中でも、船の上で航海の安全を願うため、海の女神である媽祖の神像が最も多かったと言われます。

また、開拓初期は医療が発達していなかったため、疫病が流行り、大勢の人たちが亡くなりました。このため、人々は疫病を鎮める「王爺」を信仰するようになりました。王爺はまたの名を「千歳爺」、「府千歳」と呼び、さまざまな異なる姓氏をもちます。言い伝えによれば、王爺には疫病の駆除だけでなく、心身の健康とご加護を願うことができると言われます。開拓後期になると、人々は次第に豊かになり、集落に信徒や寺廟が増え、神様にご加護を感謝するようになりました。台湾の寺廟では「媽祖」と「王爺」が二大系統の神様となります。当時、寺廟は人々の信仰の中心であっただけでなく、教化や救済といった機能ももちました。

宗教芸術の殿堂

寺廟は素晴らしい建築であり、かつ神様の殿堂で、信仰の中心でもあります。寺廟の空間の間取りと形式には複雑な決まりがあります。しかし木彫や石彫、泥彫刻、陶芸、剪粘(割った陶器を粘土に貼り付けたもの)、彩色豊かな絵、書といった装飾が随所に見られます。これは視覚的に美しいだけでなく、中華圏の人たちが考える吉凶も表現しています。吉が増え、凶が取り除かれるようにデザインされています。また、人を善に導き、自己肯定できる人生観を表しています。深い精神性を表現した宗教芸術の世界に触れられます。

神意を問う

台湾の寺廟ではよく神意を問う儀式が見かけられます。たとえば、信者は祈願したり、吉凶を占ったりする際、神仏の前でお線香に火をつけ、心の中で自分の名前と生年月日、住所、神様に伺いたいことを念じます。その後、「擲筊」と呼ばれる方法で神意を問います。「筊」は竹片や木片でできた三日月型の占い道具です。凸面は「陰」を表し、平らな面は「陽」を表します。これを地面に軽く投げつけ、片方が「陰」、片方が「陽」となると、「聖筊」と呼ばれいます。これは吉を表します。二つとも「陽」の場合は 「笑筊」と呼ばれ、「意味が曖昧、質問がはっきりしていない」ことを表します。二つとも「陰」の場合は「怒筊」と呼ばれ、凶を意味します。

このほか、寺廟ではおみくじを引くことができます。竹でできた細長い札で、札の上に番号が記されています。このくじが入った箱を揺らし、この中から最高位のくじを取り出します。そして、さらにもう一度、神仏に神意を問います。もし3回続けて「聖筊」が出た場合、札の番号と同じ番号のおみくじの紙をもらうことができます。比較的大きな寺廟にはおみくじの意味を解読できる専門家がいます。

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